foggy me not

ツイッターのアレな話


うごメモはてな及びうごメモシアター・WUGって
絵や手書きの文字をコメントとして送信できる点が
自分には何より優れたコミュニケーションツールだと(だったと)
思う部分があってですね
うごメモならば手書きコメントなり
その人のメモ群を拝見、その作風を通じて
「どんな人なのか」というモノが
(デジタル文字オンリーのやり取りに比べ)
比較的掴みやすいんじゃないかと



ツイッター
「首の皮一枚でつながる」って全然
「ギリギリのところで助かる」って感じじゃないんだけど
コレ全然助かってねーじゃん
ってのを書いたときにフォロー外の知らん人から
「斬られたのが首の皮一枚だけ」って意味ですよ
ってリプが来たことがあって
「それだとギリギリって意味じゃなくなるじゃねーか」って
反論したいところだったんですが


こういう「フォロー外の知らん人」の扱いが困る
どういう距離感で接していいモンなんだと
どういう人かもわからん人に如何にして返信を?!
アイコンやつぶやき群、プロフィールを見て
その人の何がわかるのか
(このような「ネット上のどういう人かもわからん人」を
僕はフォギーピーポー[foggy people]=霧の中の人々
と呼んでいる)
霧の中だから距離感が不明なのです


WUGにおいても
「ほぼデジタル文字のみでコメントを書いてきて
自分のメモはテキストのみ」という
距離感迷子系フォギーピーポーがいたりして
扱いにアレな思いをしたりしなかったり
(そうか霧の中だから
コメントにモヤっとしたりするのか…)


どうも自分にはツイッターが肌に合わんなあと感じる事があり
リプライが云々ってだけじゃなくて
そもそもツイッターのこのシステム
フォローされたというだけで
素性のよくわからん人に向けて自分のつぶやきが晒され
ヘタすると
そのよくわからん人をフォローしている
さらによくわからん人々に拡散されたりする可能性があると
冷静に考えたらコレは恐ろしい事なんじゃなかろうか
どんな神経で「拡散希望!」なんて書いてしまえるんでしょうか


まあリプライが来ることも
リツイートの数がアレすることも幸か不幸か
そんなに無いんですけども
いっそ鍵アカウントにして
一部の人にのみ開かれたつぶやきにしてしまった方が
もう少し気楽になれますかね…