Touch You Touch Me

3/18(土)つづき
茅場町でカレー食った後は
八丁堀から京葉線で新木場、
京葉線乗るの久々…
コミケに行くのバス使うようになって久しく乗ってなかったな)
ライブを観にやってきたのは
スタジオコースト」なるライブハウス
ライブとかって友人に連れられてとか
同僚にお呼ばれしてとかでしか行く機会なかったけど
チケット取ることから自分で、ってのは初めてだな…
前々から近々開催される事はぼんやりと知ってて
そういうイベントがまたあるなら
行ってみたいなあとぼんやり思ってはいたところ
ツイッター上で「ネット申し込みでの当日券なら
まだあるんで迷ってる方は是非!」みたいなツイートを見て
7000円ちょいというお値段にかなり悩みつつ
(こういうのはどうするか迷うって時点で
割とどっちを選んでも後悔するパターン)
たまたま土日休みのシフトだったし思い切って購入へ踏み切る
もう立ち見しか残ってなかったけど
まあ立ち見でも見れればいいや、的なスタンスだったけど
タチミ・イフユーキャン
まあ
「あと数千円払ってでも座れる席取っておきゃよかった」と
当日割と後悔することにはなるんですが…


[ライブ所見]
・人の多さとライブの熱気?で会場内が暑い
外を歩いてきたのと同じカッコでいたらアレだな
別料金のワンドリンクに
フタで開閉ができるミネラルウォーターがあるのはよかったな
これなかったら割と熱中症になるっぽい
・普段は耳だけで聴いている音楽も
会場では体全体でその音圧を感じる程の爆音
普段の音楽がいかに小規模な聴き方なのかがよくわかる
そうか…耳だけで聴くのが一人で楽しむ音楽なら
皆で体全体で聴いて叫んで歌って動いて楽しむのがライブの音楽…
・歌モノの楽曲における「合いの手」の存在について


鏡の前で決めポーズして
おニューの水着 どうかな?(どうかなぁ?)
悩殺!(うっふ〜ん♥)
その前にこのプニプニを無くさなきゃ〜・・・! (腹筋だぁ!)


こういう楽曲の歌詞における括弧の部分は
ライブにおける合いの手を想定して作られている…?のであると
これもまた
一人で音楽を聴くだけの生活ではわからなかった事
何曲か聴くうちに
「その曲における合いの手に相当する部分がどこか」が
体感的に予想できるようになったりするね
でも歌詞を熟知してないと難しい部分もあるな…
参考:

・ノリノリになってる近くの人が振り上げた腕が
割と何回か当たる

・かばんで片手が塞がってたのもあるけど
曲に合わせてずっと手を上げ下げしたり跳んだり
ってのが体力的に全然続かないですね
流石にこの辺はもう10代20代じゃないと…ね
MCが「跳べー!」とか叫んでるけど
正直勘弁願いたい、的な
僕みたいなノリの悪い客は逆に立ち見の方が
目立たなくて良かったかもね
・観客の全員に同じノリを要求するようなこの空気は
半ば同調圧力ではないだろうかとか
盛り上がりと狂気は紙一重ではないかとか
会場の熱狂の中でふと考えてしまうのが
もう無粋な若くない考えなんだね
ノリノリになって楽しんでいっちゃえばいいのにね
・4時間近く立ちっぱってのもいいかげん疲れますねというか
足の血の巡りがアレな事になってて大変よろしくない
エコノミー症候群ならぬタチミー症候群、的な


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例えば
「ご飯が美味しい、とか健康がありがたい、とか
猫がかわいい、とか外の景色に季節の移ろいが感じられる、とか
繰り返す平凡な日常の中に小さい幸せを見出してゆく事こそ
美徳にして慎ましい暮らしであり
日常の中で無闇に
刺激・変化・新しいモノを求めるべきでない」と僕は
割と常日頃から考えているんですが
こういった刺激的なイベントを経験すると
変化のない平凡な日常は思考停止の温床なんじゃないか
とか考えてしまいますね…
人と会うとかライブに行くとか刺激的な一日というのも
平凡な日々の中にごくたまーにあるからこそ
程よい刺激となり、意義あるものとなるのかもしれない…
贅沢も毎日していたら贅沢でなくなるのも
きっとそういうアレですね
刺激に溢れる一日の余韻を感じつつ
刺激レスな日々に徐々に戻っていく感覚も
何だか悪くない塩梅ですよ


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3/19(日)
春日部イオンモール内、
天ぷらのお店で定食を食ってきた
¥1080


明太子と浅漬けが食べ放題…
もうこの時点でご飯が進むの大決定なんですけど



そんな進み具合にも配慮!
ご飯大盛り指定は無料で可能
お味噌汁もついてくる




揚げたての天ぷらが
揚がった順に運ばれてくるよ〜


1080円は割といいお値段な気もするけど
揚げたてが食べられるのと
食べ放題の明太子の嬉しさを考慮すると妥当かな?
そこそこお腹一杯